ペインクリニックとは
痛み(ペイン)を専門的に診る診療科のことです。
痛みは通常身体の異常を知らせるために必要なサインであり、人が生きていくために不可欠な感覚です。
しかし、中には必要以上に強い痛みを生じたり、痛みの原因となる異常が治っても痛みだけが残る場合など、痛みそのものが治療の対象となるケースがあります。
ペインクリニックの診療の対象となるのはそのような痛みです。
しかしながら、開院当初から様々な痛みに対して主にブロック注射、鎮痛剤の処方等によって診療してまいりましたが、それらの治療が奏功するケースもたくさんある一方で、中には全く役に立たないケースも少なからずありました。そのような場合には、生活の中にある痛みの背景や、心理的背景、そして時にはその方の人生にまで踏み込まないと解決しないことも多く、むしろそのような患者様から、私は多くを学びました。
そして現在「同じ痛みでも、急性痛と慢性痛はまったく別ものとして取り組まなければならない」という認識に至っています。
急性痛と慢性痛
「急性痛」とは、発症から間もない痛みのことです。
急性痛は基本的に「炎症」が原因であり、本来何もせずとも自然治癒力にによって回復するケースがほとんどなのですが、治療にもよく反応するため、強い痛みに対してブロック注射や鎮痛剤の処方などを行うことは、慢性化を防ぐという大切な意味があります。
一方「慢性痛」とは、なんらかの原因によって数カ月以上経過した痛みを指します。
いわゆる肩こり、腰痛といった誰もが経験する痛みから、帯状疱疹後神経痛のような大変治りにくい痛みまで、様々な慢性痛があります。
あまり知られていないことですが、慢性痛は、痛みを感知する「脳の変化」を伴うことがほとんどで、痛みのある部位に対して行うブロック注射や鎮痛剤は、有効だとしても対症療法(一時的に痛みを和らげる方法)にしかならず、根本治療にはなりません。そして中には対象療法さえ存在しない、麻薬さえ効かない痛みもあります。
慢性痛は、治療ではなかなか治らない。
受け入れなければならない痛みもあるのが現実。
私にとって、自分の無力さを痛感する暗中模索の日々もありました。
慢性痛への取り組み方
しかし、そのような痛みに自ら真摯に向き合い、元気に暮らす素晴らしい患者様ともたくさん出会いました。その方達の慢性痛への取り組み方は、私が学ぶペインクリニックの最新の知見とまさしく一致していました。
痛みは誰にとっても不快な体験であり、不安や恐怖を伴うこともあり、ましてやそれが長引けば、経済的、社会的な問題に発展することもあります。
慢性痛は、単なる身体の痛みではなく、心理、社会的な痛みでもあるのです。その解決のためには、まずは勇気をもって自分の身体と心を知ることが大切です。
まず身体に対しては、痛みがあれば安静という以前の考え方は実は間違っており、適切な運動習慣や、身体が心地良いと感じることの習慣化が痛みに有効であるということが、脳科学によって明らかになっています。
また、日常の様々な場面で自分の身体に意識をむける練習をし、無意識な緊張や姿勢のクセに「気づく」こともとても有意義です。
そして心に対してですが、同じ痛みでも、感受性によって全く違う意味を持ちます。痛みに支配されている状況を一歩引いて見つめることで、自分自身を客観敵に理解し、痛みが長引く要因や、必要以上に辛く感じる要因に「気づく」こと。気づくだけでも、脳が、感受性が、変わります。 そしてとても難しいことですが最終的に「受容」することができると、奇跡的な治癒が起きることもあるのです。
自分への「気づき」、そして適切な運動習慣によって、慢性の痛みで変化してしまった脳がまた健全な方向へ変化していき、「痛くても気にならない」「痛くても元気」な日々へと変わっていきます。
老化に伴う痛み
そしてもう1つの大きなテーマは老化に伴う痛みです。
老化は病気ではありません。いわば、髪が白髪になるように、身体が自然に変化した結果です。身体は若い時の状態に戻ることはできませんから、老化による痛みが治るということもまた、困難な場合があります。
薬、ブロック注射、手術等、有効な鎮痛手段があるならば、それを上手に利用し、なかなかいい方法がないのであれば、痛みを取ることに固執せず、長い人生を共に生きてきたご自身の身体に感謝し、共に仲良く暮らしていく。
これも、実に潔く老いと向き合う高齢の患者様から学ばせていただいたことです。